大人女子白書 vol.2:もういい加減仕事に疲れたので海外留学します。

主人公 加奈子。25歳。
乃木坂勤務。スタイリストアシスタント。一人暮らし。趣味は映画鑑賞とお酒。

子供の頃からの憧れだったファッションスタイリストの華やかな世界。私は今、念願叶ってその只中にいる。ファッション業界しかり、一見きらびやかに見える仕事ほど、その実厳しい下積みが課せられるのはどこの業界も一緒なのだろう。

振り落とされまいと必死にしがみついて手に入れた仕事だったが、すでに続けていく自信を失くしてしまった私は、ただ毎日を無為にこなすロボットみたい。

服飾専門学校を卒業してから、乃木坂のスタイリスト事務所に就職して早5年。私の描いた夢は想像以上に過酷だった。学生時代はバリバリの体育会系バレー部で鍛えてきたつもりだから、体力にも精神力にもそれなりの自信はあったのだ。だからとりわけ私が貧弱過ぎたわけじゃない・・・と思いたい。

スタイリストの師匠でもある事務所の社長は、仕事のセンスもスピードも“抜群”と同業者の間でも評判のデキる男だったが、気性の荒さもお墨付きで、段取りが悪いと罵声と一緒に物が飛んでくるなんて日常茶飯事。撮影現場の進行を妨げようものなら、殴る蹴るの鉄拳制裁が待っていた。

もはや鬼か悪魔! ブラックどころの騒ぎではないのだが、「俺のアシスタントをやりたい奴はいくらでもいるんだ。やる気がないならお前は明日から来なくていい!!」なんて吐き捨てられては黙って仕事に戻るしかない。

ここまでよくもった方だと思う。実際、スタッフも次々に辞めていくような職場だ。

(はぁ、でも。そろそろ限界かなぁ。せめてスタイリストに昇格するまではって続けてきたものの、晴れてスタイリストになったところでこの世界でやっていける自信もないし。。。)

深夜に近い仕事帰り。ため息をつきながらトボトボと肩を落として歩いているとスマホのLINEが鳴った。最近仲良くしているモデルのトレイシーからだ。

<いつものバーで飲んでいるから今からおいでよ❤>

ふっと頬の筋肉が緩む。駅に向かいかけていた足を止め、馴染みのバーへ続く道へ歩を進めた。

仕事で知り合った外国人モデルの女の子たちとは何故か不思議と気が合った。10代とかハタチそこらで、初めは日本語もまともに話せないまま異国の地で仕事をしている彼女たちも、きっと私と同じ心細さを感じていたのかもしれない。

ポジション争いのライバルでもある同僚には迂闊にこぼせない仕事の愚痴に始まり、海外の恋愛事情から美容事情に至るまで、好奇心の赴くままありとあらゆる話に花を咲かせた。萎んだ風船のようにしょぼくれた私の気持ちも、彼女たちと一緒にいるとゆっくりと空気が入っていくのだ。

そんな中でも面白かったのは、海外の脱毛事情について。

白人のトレイシーたちはムダ毛も金髪だから、腕も脚も脇もナチュラルなまま! 彼女曰く「光に反射した時に腕毛がキラキラするのがセクシーなんじゃない」なのだそうだ。確かに金髪なら黒いムダ毛よりは目立たないかもしれないが、海外の子はそういったことにあまり頓着しないんだなと思っていた。

そんな矢先、私が「最近流行ってるけどVIOの脱毛なんてしたことないな〜」と打ち明けたら、「信じられない!! エチケットでしょう!?」と目をひん剥かれて驚かれ、予想外の反応に私は彼女の倍驚いた。なんと彼女たちは<見える部分>の処理はせずに、<見えない部分>の処理は完璧なのだ!!文化の違いってこんなところにもあるのねぇ。

そんなこんなで、私の拙い英語でなんとか言葉を捻り出して話すうち、語学力への欲求が日に日にムクムクと膨らんできた。彼女たちも生まれ育った国を離れて、言葉も文化も違う見ず知らずの土地で果敢に自分の挑戦を続けている。そんな姿を見ていたら。

「海外に留学してみるのもいいかも」

そうひとりごちた瞬間、目の前の靄が晴れてパァッと明るく開けるような気がした。ポロリと私の口からこぼれた言葉は、急に現実味を帯びてその存在感を主張し始める。

ずっと引っかかっていたのは、今の仕事を辞めることが夢を追い続けていた昔の自分を裏切るようで後ろ暗さを感じていたから。

仕事から逃げるんじゃない。そうだ、もっと新しいことに挑戦してみてもいいんじゃないかな? いや、今すぐ挑戦してみたい! 次のステップに進むときは、何かを捨てて行かなきゃいけない。昔の夢を捨てて、新しい夢に突き進むのも、それを選ぶのが自分自身なら間違ってはいないはず!

明日、私はデキる男だか鬼だか悪魔だかに“辞表”という未来への切符を叩きつけに行こうと決めた。大変お世話になりました、の挨拶はきっと引きつった笑顔で言い添えることになりそうだけど。

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